「自分で接客したい」は、ただのエゴです ――経営ができないのは、”罪”だと思っています

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「自分で接客したい」は、ただのエゴです ――経営ができないのは、”罪”だと思っています

PodcastとYoutubeで、リスナーの方から来た質問にお答えする形でそれぞれ台本なしの経営トークを展開していますが、こちらでは並行して連携をしたコラムをまとめます。

フリートークでわかりにくいことなど文字にまとめて読みやすいようにしていますのでこちらも経営の参考にしてください。

「個人事業で店を開業しました。正直、赤字になる月もあるのですが、自分が現場に立って頑張ることでなんとかやりくりできています。
知り合いの経営者や夫からは『早く人を雇って任せろ』と言われますが、私は自分で接客するのが楽しいし、直接お客様と関わりたいので任せたくありません。この考えは間違っているのでしょうか?」

起業家や個人事業主の方から、こういったご相談をよくいただきます。

私の答えはいつも一つです。

綺麗事抜きで言わせていただきます。

完全に間違っています。

厳しい言い方になりますが、それは「経営」ではなく、ただの「趣味」です。

最高の店が犯す、最悪の「裏切り」

「自分でお客様を喜ばせたい」という気持ちそのものは、職人として素晴らしいものだと思います。

ですが、ビジネスとして店を構えた以上、その考え方は、お客様に対する最大の裏切りにつながる危険性をはらんでいます。

人生には、出産、育児、自身の病気、あるいは不慮の事故など、予期せぬ出来事が必ず起きます。

もし明日、あなたが倒れたら、その店はどうなるでしょうか。

当然、シャッターは閉まり、営業は止まります。

お客様にとってその店が「本当に良い店」であり、日常の一部になっていればいるほど、ある日突然「行く場所」を奪われる喪失感は計り知れません。

美味しい食事、居心地の良い空間、そこでの会話。あなたが倒れた瞬間、お客様はそれらをすべて失うことになります。

最高のお店を提供しておきながら、属人的な理由で突然それを奪い去ってしまう。

これ以上に残酷な裏切りはないと、私は思っています。

「経営」という言葉に、「自分」という主語はありません

そもそも「経営」とは何か、言葉の成り立ちから考えてみてください。

「経」という文字には、織物の「たていと」や「すじみち」という意味があります。

つまり、過去から未来へ、人から人へと「繋いでいく」ということです。

そして「営」は、それを「営む(形にして動かし続ける)」ことを指します。

つまり経営とは、事業を永続的に繋ぎ、営み続けるための仕組みづくりそのものです。

ここには、「私がやりたい」「自分が接客したい」という『自分』が入り込む余地はありません。

自分が主語になっているうちは、ビジネスではなく、自己実現の延長線上にすぎないのです。

職人(プレイヤー)から、経営者へ

自分が直接現場に立ち、目の前のお客様を喜ばせるのは「プレイヤー(職人)」の仕事です。

プレイヤーでいる間は、お客様からの「ありがとう」を直接浴びることができ、承認欲求も満たされ、何より楽しいと思います。

ですが、経営者の仕事はまったく違います。

自分が現場にいなくても、自分が倒れても、同じクオリティでお客様を喜ばせ続ける「仕組み」を作ること。

それが経営者の、唯一にして最大の使命です。

もし「どうしても自分の手で接客したい」「人に任せるくらいなら今のままでいい」と思うのであれば、それはビジネスではなく、趣味の範囲でやるべきだと思います。

店を構え、社会に価値を提供し続けると決めたのであれば、属人性を排除し、永続する仕組みを作らなければなりません。

「赤字でも自分の頑張りで乗り切る」も、実は同じ裏切りです

ご相談の中に、「赤字になる月もあるが、自分が現場に立って頑張ることでなんとかやりくりできている」という一文がありました。

これも、実は先ほどの「倒れたら店が閉まる」という話と、根っこは同じです。

自分が身を削って現場に立ち続けることで、赤字を精神論と労働力でカバーしている状態は、いわば延命治療です。

今月は乗り切れたとしても、それはあなたの体力と気力が続く限り、という条件付きの経営でしかありません。

そしていつか、その頑張りが限界を迎えたとき、待っているのは「閉店」です。

倒れて店を閉めるのも、赤字を埋められず潰れるのも、お客様から見れば結果は同じです。

ある日突然、通っていた店がなくなる。大好きだった味に、二度と出会えなくなる。

「自分が頑張っているから大丈夫」という状態は、実は一番不安定な経営の仕方なのです。

お客様を裏切らないための一番の方法は、あなたが頑張り続けることではなく、あなたの頑張りに依存しなくても利益が出る状態を作ることです。

では、何から始めればいいのか

とはいえ、いきなり全部を手放す必要はありません。

大事なのは、罪悪感を持つことではなく、小さく渡してみることです。

まず、接客の中で「あなたにしかできないこと」と「実は誰にでもできること」を分けてみてください。

多くの場合、思っている以上に「誰かに任せられる部分」の方が大きいはずです。

注文を取る
会計をする
席に案内する

こうした部分から先に渡していくことで、「自分がいないと成立しない」という思い込みが少しずつ崩れていきます。

そして、ここで一つ注意していただきたいのは、マニュアルを作ることと、仕組みを作ることは別だという点です。

接客の手順書を作るだけでは、あなたが見ていないところで手順が守られなくなれば、結局それまでです。

本当の仕組みとは、あなたが見ていなくても自然とそのクオリティが保たれる状態、たとえばスタッフ自身がお客様からの反応を励みにできる評価の仕組みや、味や接客の基準を数値・写真などで誰でも確認できるようにしておくことです。

「守らせる」のではなく、「守らざるを得ない、あるいは守りたくなる」状態を設計することが、経営者の仕事になります。

まとめると

「自分で接客したい」という気持ちは、職人としては尊いものです。

ですが、その気持ちを優先し続けることは、いつかお客様から店を奪う可能性と隣り合わせだということを、忘れないでいただきたいと思います。

赤字を自分の頑張りで埋め続けることも、同じ結末につながっているかもしれません。

経営ができないのは、罪だと思っています。

お客様を心から愛しているのであれば、今すぐ現場を離れる必要はありませんが、あなたの店を「あなたがいなくても続くインフラ」に進化させる覚悟だけは、今日から持っていただきたいです。

今回は、経営者とプレイヤーの違いについてのお話でした。

現在、私はYoutube、Podcastにて番組を行っています。

そこでは、リスナーさんからの質問にお答えする形で少し泥臭い経営論を台本なしで展開しています。よろしければそちらもご確認いただければ幸いです。

それでは次のコラムでお会いしましょう。

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